取材日記〜Side B

仕事力発見インタビュー。取材を通して見えたものとは?
竹下育子が感じたことはもちろん、
ご本人にお届けさせていただいた文章には入れ込めなかったエピソードなどなど。
マル秘な感じ、裏な感じ。まさにSideB(B面)として。


補永直秀さんってこんな方〜仕事力発見インタビューを経て書かせていただいた文章はコチラ

白黒つけるよりグレーを選ぶマイルール

補永設計事務所/補永直秀さん

専門用語をすっごくわかりやすく解説してくださっているところ。
専門用語をすっごくわかりやすく解説してくださっているところ。

誰から見ても、第一印象は「柔」の一文字が浮かびそうな、補永さん。
福祉・介護の施設を主に手がける建築設計士さんです。

お父様が大工さんだったこともあり、物心ついた時から、いつでも職人見習いさんが一緒に暮らしている(常に他人が同居)環境だったそうで。

ド素人のイメージからすると、「ものすごい気を遣って生活する」感じか、「まるで大家族」感覚か、どっちかな?
今の、この、補永さんの人あたりの良さそうな感じのベースに??というのが浮かんで言葉を添えてみました。

なんと返って来た言葉は、
「いやー、どっちでもないない!そもそも踏み込み過ぎない、っていうのが信条だから」
と、あっさりした返答。
あれ?

その一方で、思春期の頃は、常に「他人と一緒、な自分はイヤ!個性的に見られたい」というところから、中学卒業後は高専での寮生活をスタート。
しかも、ご本人曰く
「かなりのかまってちゃん。個性的に見られたい、っていうのも、多分、人と違う選択すると、興味持たれるから、っていうのがあったと思うな…」。

あれ??
「柔」の一文字とはむしろ真逆じゃないですか!!

高専を卒業し上京。
会社員になった後も、たった2ケ月(!)で「コレジャナイ、コレガヤリタカッタワケジャナイ」と即座に帰郷。

結果的に、一般住宅を専門としていない設計事務所に修行(勤務)することに。
国家資格をとった後も、そのままもうちょっと現場経験を積みたいな…という感じで、13年経ってからの独立。

そして、その説明をする時、本当に嬉しそう!!
そして、その説明をする時、本当に嬉しそう!!

ご自身の手がけた建物を、
「作品、と思ったことは一度もない。
お金を出すのもお客さん、使うのもお客さん。
僕、手伝うだけ。主張もしないし。
完成した建物の写真とか残したりも、あんまりしないしなあ…。」
とおっしゃる補永さん。

そもそも、福祉や介護施設というのは、とても特殊で、オファーもそもそも予算のお話ありきだったり、「補助金」や「助成金」という独特な業界特有の展開が付随することも。

また、施設長さん≠オーナー(お金を出す人)だったり、
その人たちの満足ではなく、利用者の満足度も必要だったり。
それなのに設計段階では、オーナー以外の人が存在していないことすら多いんだそうです。

 

確かに。
一般住宅はそれが一致してるというか、通常、最初からかかわりますもんね…。
じゃ、その方達からそれぞれ「ありがとう」って言われたらさぞかし嬉しいでしょうね!と発したところ、
「いや、“ありがとう”すら言われない、どこがすごいのかすら使う人がわからないのが正解だと思ってる。」
という言葉が。

これは…ものすごく印象的なフレーズでした。

この種の施設において大事なのは、まず、利用者さんが肌感覚での満足感がある事。
むしろ気づかれちゃダメ、スーッとその場が流れている事だ、と。
もっと言えば、働く人たちにとっても利用する人たちにとっても、何か最新すぎる設備を入れる事がデメリットになる事もあるし、何年後も、その施設を使う人たちにとって普遍的である事も場合によっては優先、と考えていらっしゃるそうです。

確かに!
一般住宅との違いは、いろんなところに出るわけですね。
ちょっと目からウロコでした。

そのためには、
「自分の図面にこだわらないで、そこに関わる人たちの(現場の監督や、職人さん)経験値を総動員して、自分の感性を信じすぎないことかな。
あと、施主と、設計事務所と、工務店。
特に、設計事務所を上に位置付けて、工務店を「下請け」「請負(うけおい)」っていう言い方をするのが僕は好きじゃない。
工務店は「請負(うけまけ)*」ではない。
対等であるべきで、どんな時も、常にお互いに気分が乗らないとダメだよね。」

オーケストラで言うコンダクターのように、それぞれの素晴らしいスキルをまとめ上げる役割、そこに関わる「人」の最大公約数を探す役割のイメージの方が強いそうです。

最後に、
「僕、そもそも白か黒か決めてって言われたらグレーを選びたい人間だし。」
ポツリとつぶやいた補永さん。
そのつぶやきは、ものすごいきっぱりしてました(笑)

今の時代になくてはならない「建物」を作り続ける、補永さんならではの在り方。
それは、自分の色を出さない事を、決めていることでした。

補永さん特有の柔軟さが現場において発揮されること。
「そっと寄り添うことが大切」な福祉や介護の施設へと繋がっていくこと。

それは、その建物に関わる人たちの「幸せな時間」をも創るのだ、と思わずにいられません。

*辞書的には「請負(うけおい)」と読みます。が、補永さんのお話を伺っていて、「確かに意味として、負けって…違和感!」と私も共感しました。


利用する人たちの日常が想像できる建物たち


Side B

お誕生日だったでしょう?僕、お酒飲まないから選んだものに自信は無いけど、とわざわざ遠方に出かけた先で見つけたワインをプレゼントしてくださいました。ありがとうございました。めっちゃ美味しかったです!
お誕生日だったでしょう?僕、お酒飲まないから選んだものに自信は無いけど、とわざわざ遠方に出かけた先で見つけたワインをプレゼントしてくださいました。ありがとうございました。めっちゃ美味しかったです!

ご依頼をいただいた時の何気ない会話の中で、すごく印象的だったフレーズがありました。

「自分のことなんて全然わからないし、僕のことを選んでくれるお客さんの理由も、全然わからない…どう見られてるのかすごく気になるけど、絶対自分からは聴けないし…。」

照れながらそうお話してくださるその姿、仕事力発見インタビュアーとしての血がさわぐ!(笑)
いやいや、そんなことはないはず!という私のその直感は大当たり。

インタビュー中も、ご自身の自覚は全く無いのに、名言の宝庫で、メモをするのに必死な私。
印象的なフレーズがどんどん出てくる出てくる…。

自分のことなんてわからない、どころか、仕事人としてのスタンスを持っていらっしゃって、そのお話をたくさん伺う中で補永さんのお人柄の内側にある熱量が伝わる、そんな時間でした。

実は、上にも書いた「会社員を辞めて」「就職して」「独立」のところには、補永さんのお仕事としてのこれまでが詰まっていたのですが、なかなか衝撃的な内容も。

中でも驚いたのは、
独立してから半年間、仕事がゼロだったこと。
33歳。
すでにご結婚もされて、保育園に通うお子さんもいたその時に、その状態ってなかなかハードですよね…。
「その時のこと、奥様は(なんと)?」とお尋ねしたところ、

「なんとかするって言ったじゃん」

で終わっているとのこと。

補永さん、ご自身のことを常に強い意思や想いっていうよりも、
「なんとかなる」
っていう選択肢の中で自分の人生を決めてきた、っておっしゃってましたが、
そこは「なんとかする」だったんですね(笑)

そのかつてのクラスメイトだった奥様のことは、
「家のこととか任せているけれど、きっと仕事をしたら自分よりできる人だと思う。」
とても尊敬している、一番のパートナーだと思う、と称していらっしゃいました。

小学校5年生の頃、スーパーカーブームで車に魅了され、現在は5台所有している補永さん。
ご自身だけがハマっているのではなく、奥様も、娘さんも、息子さんも!!!!

美術館などにもよく足を運ぶのが好きだそうですが、
「その中に展示されていることより、ついその中の動線や、エアコンの対流加減とかが気になっちゃうんだよね〜(笑)」

ご家族で楽しむ時間のこと、現場を離れている時間でもつい気になること、のお話されている姿は、ずっとほおが緩みっぱなしで、
やっぱり「柔」のイメージなのでした。



■補永直秀さん 関連情報
有限会社 補永設計事務所 honaga-plan@nifty.com