取材日記〜Side B

仕事力発見インタビュー。取材を通して見えたものとは?
竹下育子が感じたことはもちろん、
ご本人にお届けさせていただいた文章には入れ込めなかったエピソードなどなど。
マル秘な感じ、裏な感じ。まさにSideB(B面)として。


2代目社長、という名の下に

kazutomoohashi.com/大橋一友さん

事前に「取材をしてもらうなら、写真もプロに撮ってもらおうかな〜」というリクエストがあり、カメラマン動向の写真は別日になったので、実は最初にお話を伺ったのは、違う所でした。

どこにしますか?という私の問いかけに、2つの候補が。
1つは、後日写真を撮った場所、「cafe アコーディアナ」さん。
もう1つが、いつもよく足を運ぶたこやき専門店「たこ蔵」さんでした。

いつも行く、リラックスできる場所がいいなあと思っていたので、ナイスセレクトでした。
この満面の笑顔が物語ってる(笑)
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私の取材のキーワードは、本取材分(下記)のエピソードにも入れてある通り、
「いつ、なんで、そんなに変わったの?」
でした。

もちろん、本当に数々の出来事を経て、その積み重ねはもちろんあると思います。
でも、その中でも特に

『2代目社長』という自分と同じ立場の業者さんの存在

が、彼が言う「出会いとタイミング」を象徴するな〜と思った私です。

2代目社長。
これだけのキーワードから連想される一般的な(そして多少の揶揄と偏見を含んだりした)イメージの中では
「親の地盤を引き継いだだけのボンボン」
「苦労はあんまりしてない」
と思われがち。

その2代目社長さんは、とにかく、
・NO、を言わない
・無理、と言わない
・どんなことでも自分がまず動く
・お客さんが何をしてほしいか、をとにかく最優先

それを口先だけでなく、
「こっちが見てて、そこまでやる?いいの?って恐縮しちゃうほど」
行動する人、だったとのこと。
そして、業績も、ご自身の代になってから飛躍的に伸ばし、結果を出してきた方。

ある意味、「大橋一友」という「ひよっこ時代の2代目」にとっては「現場で経営者がどうあるべきか」の鏡であり、師であり、憧れであり、超えたい存在、になったのだろうな、ということが容易に想像できました。

だって!その方のエピソードを語る時の大橋くんの熱量ったら!!(笑)

それを目の当たりにし、影響を受け、そしてそれを彼の「行動力」が素直にトレースし、さらなる成長を遂げた…
それが、「今」の彼を作っているのだなあ、と思えました。

高校時代まで真剣に続けて将来を考えるまで至っていた「体操」の世界での挫折も。
さあこれから修行にという時にお父様の体調不良によって全てをこなさざるを得なくなった時も。
そして世界を揺るがしたリーマンショックの影響の大不況時どん底時代も。

心のあり方と、情熱と、人との繋がりで「仕事力」を鍛えてきた人だからこその、ストーリーが伺えました。

そして。

インタビューが長時間になり、実は冒頭の写真のように、たこ蔵さんがせっかくお差し入れしてくださった、大橋くん大好物のたこ焼きにも結局手をつけることができず…。

終わった後、さっさとお持ち帰り用にして、「持って帰って食べてね!」と私に差し出し、自らは颯爽と次の仕事に向かって行ってしまいました。

うーん。このスマートさ。
尊敬します。

たこ蔵さんのたこ焼き、冷めても美味しかったです♬
次はホカホカ焼きたてを食べに行きましょう。


大橋一友さんってこんな方〜仕事力発見インタビューを経て書かせていただいた文章はコチラ


小学校4年生の11月4日。出会った日を忘れないのは、単に、転校した先のクラスにいた男子だったから(笑)。

それが大橋くんでした。

数日も経たないうちにすぐにわかったのは、
『アノコハ、キケン。チカヨルト、キケン。』
ということ。

とにかく、目つきが鋭い。怖い。何かあれば、すぐに摑みかかる。殴り合う。


その後卒業するまでずっと一緒のクラスでしたが、卒業するまで全く印象は変わらず!!

 

あ、あと、ずっと校庭の鉄棒で、ストイックそうな顔して、くるくる回り続けてる男子っていうイメージか…(笑)


もしかしたら、今の彼を知っている人からは想像つかないかもしれませんが、コレ、本当です。

学区の編成が変わり、その後は中学は別々になり…。
その次に出会ったのは、時をかなり経た2013年。小学校6年生のクラス同窓会。
お互いに、いい年齢のおっさん、おばちゃんになってからの再会だったのですが…。

 

衝撃!

え!?
人って…何があるとこんなに変わるの??!?!?!


ジャックナイフ大橋(脳内で瞬時に勝手に命名)だったのに、何で??

ちょっとふっくら丸顔になっただけでなく、もう、存在感そのものが別人!


何があったんだろう、なんでこんな風に変わったんだろう、ただ、ひたすら疑問だったのですが、今回【お仕事ストーリー】を伺って、やっと全てが腑に落ちました。


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現在の、大橋くんの毎日は、朝5時には出勤。
お父様から引き継いだ会社「小池テクノ」にての業務、大事な顧客のためなら1分1秒惜しんで動き、そして会社が終わればお母様が営む居酒屋「かぐやひめ」のカウンターに夜中まで立ち。
そして会社やお店がない時間は、東北支援ボランティアに尽力し、そして、言葉通り寸暇を惜しんで知人友人との時間を過ごし、愛妻と愛犬との時間も大事にする。
どれだけ忙しくても、常に「和やか」。常に「友好的」。常に「配慮の人」。

いつ寝てるんですか?
いつ休んでるんですか?

どうして、そんなにいつも誰かの役に立つことを考えて行動し続けてるんですか?
…そう聴きたい人は、私も含めていっぱいいると思います。

彼のこれまでの人生は、まさに、
「想定外の出来事」
「危機」

「急転換」
だらけだったのです。


聴けば、聴くほど、
「ああ、なるほど。だからこその今なのね!」

「あ、それが今のコレに繋がってるのね!」が詰まっていました。

機会としては、あちこちで、自分の人生に起きたことを語ることもできたはず。


なかなかにインパクトがあるエピソードだらけなのに、それはあんまり語ってきてない理由は?
という質問には、


「それを自分からあちこちで言うのは、なんか、違和感あるから。」
なんとも彼らしい、そして、ごもっとも、な回答。

実は、取材中に何度か耳にした印象的なフレーズが。

  「たまたまそのタイミングだったから」
  「その人との出会いや、その時があったからこその今」
 
彼の人生における出来事、人の倍速でした「経験」という縦軸に、人との縁と絶妙なタイミングでの「出会い」という横軸が加わる事で、今の『大橋一友』っていう人が出来上がったんだなあ、と感じ入ってしまった次第です。

ハタからみたら、その年齢でその経験はしないよねってことだったり、それって挫折って言ってもいいよね?っていう数々の出来事や、捨て身にならざるを得ないどん底の瞬間ですら、常に上の言葉をセットにし、


  「無理って絶対言いたくない」
  「ダメかもって思う暇があれば、できる事を探す」


と、動き続けることを選ぶ。

最後の最後まで、やれることをやり尽くす。

誰でも、言葉ではそう言います。
でも、本当に実践してる人は、実はそうたくさんいないと思いませんか?

予期せぬ出来事や、変えられない運命的なものであっても、捉え方や行動次第で人生は変わり、出会う人によって成長し人として深みが出る、とはよく耳にするけれど、まさにそれを体現してる!!

最後に、
「これから、何をしてみたい?まだ何かする?」
と聴いてみました、聴くまでもないとは思いつつ。

即答で『YES』。

 
どんなことでも「自己成長」と「社会貢献」につながることなら。
なんでも「味わってみよう」「やってみよう」ってことで。

だよね、そう言うよね…。
だからこそ、どんどん人の縁がさらに膨らんでいくんだね。

「わずか残されている、自分のところしかない強みを見つけるって大事じゃない?
たとえ、最初1しかなかったとしても、100必死に集めれば100になるじゃん。」

そんなスゴイことを、さらっと言う彼と友達であることは、誇りです。